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あれから4年これからのヘルスケア業界はどうなるか?その③

ヘルスケアイノベーションのカギは「曖昧さ」のデザイン

ビジネスモデルオリンピアでご登壇頂いた、能楽師 安田登先生の講演動画です。

知識は身体化しなければ意味がない、頭で考えているうちは知識を身に着けたとは言えないというお話や論語の中にあるイノベーションの起点となる発想プロセスなどを教えて頂きした。

この中で、とても興味深いお話がありました。

境目を英語では「ボーダーライン」と言うが、日本語は「境界」と言っている、日本は他人と自分の境目に線を引かずその辺りという曖昧な表現をするとの事。

かつての日本家屋に存在した「土間」は、家の中でもあり、近所の人が入ってこられる外でもある場所がありました。また能のお話は、主に幽霊との会話で能の舞台そのものが、ありこの世とあの世を曖昧にする仕組みを持っていると言います。

日本人のコミュニケーションには、この「曖昧さ」がとても大事になのだと思います。

次のイノベーション領域として注目を集め続けるヘルスケア業界でありますが、そのイノベーションの本質はここにあるのではと考えています。

オンライン診療、薬の配送、AI問診、医療データベースの集約からの未病や予防への応用・・・

これらはすべて手段であり、コアバリューとして何が必要なのかが重要です。

それは、医療者と患者のコミュニケーションの改善にあると考えています。

医療者と患者の間に「絶妙な曖昧さ」をデザインする事です。

以前よりシェアードデシジョンメイキング(SDM)を行う事で「患者中心の医療」を実現させることは目標として掲げられていました。

SDMは医療者と患者の情報格差をなくし、医師が一方的に治療方法を決めるのではなく、患者も一緒に考え医療者、患者双方が納得して治療を行う事を目指します。

言うのは簡単ですが、これが実に難しく中々実現出来ません。

ハードルとなっているのは、

・医療者のコミュニケーション能力
・DXを取り入れる為の制度・セキュリティーハードルの高さ
・人の思いという複雑系をデザインするという難しさ

などがあります。

医療者のコミュニケーション能力
医療の勝利は、患者を治す事でありそのために最善の治療を提供する、それが医療者の使命として信じられてきました。現在、医療が直面しているのは「老い」という絶対に治せない人間のメカニズムです。死=医療の敗北と定義するなら負けが確定しているものに立ち向かわなくてはならなくなります。

超高齢化社会では加齢リスクの高い生活習慣病や「がん」の治療に向き合う事になり完治するよりも、どのように付き合っていくかが重要な事となっています。

これまでの医療とは、全く違う考え方をしなければならない、そのコミュニケーションとは何なのかという事が医療者の中でも悩みどころとなっています。

今まで要求されていない能力を要求され戸惑い、形が見いだせないのが現状ではないでしょうか。

患者の話をじっくり聞けばよいか?本心を話してくれるとは限らない、患者の主張を聞きすぎれば科学的正しさから逸脱してしまう、医師の患者あたりの使用時間数の増加は経営上の問題となってしまいます。

DXを取り入れる為のセキュリティーハードルの高さ
こういった医療者へのコミュニケーション支援や、コミュニケーションコストによるビジネスモデルへの影響を軽減するために「医療DX」をとなります。

しかしながら、保険制度に沿っているか、機微情報を扱うためのセキュリティはしっかりしているか、それらを守るために複雑化した現行の診療フローに組み込むことが出来るか制度上のハードルが立ちはだかります。

これらはサービス提供者において、決して簡単ではなく専門性のある人材確保、サポートセンターの確保などランニングコストは通常のITサービスよりコスト構造上の問題が大きくなっています。

ヘルスケアIT業界は参入ハードルが高く(これは戦略上いかようにも使えますが)、システムの導入スピードの遅くITビジネスの強みを持てずにいます。フリーミアムモデルなどの相性も意外に悪いのです。

人の思いという複雑系をデザインするという難しさ
これは、ヘルスケアだけではなく、世の中の製品開発やサービス開発にも共通したものですが、取り扱うものが人の健康となると複雑さがより一層大きなものとなるように思います。

死に直結する病気とそうでない病気で、患者の治療への前向きさは変わり、その中で患者一人一人のパーソナリティが異なります。さらに医師のパーソナリティの違いもそこに加わります。

しっかり話を聞いてもらいたい患者と2分で診察を終わらせたい医師もしくはその逆の組み合わせ、口ではやりたくないと意思表示しても背中を無理に押した方がその方の為になる場合、もしくはその逆の場合。

またそのパーソナリティは、その人のライフステージや生活の状況いくらでも変化していきます。

病気×患者特性×医師特性

患者特性は、病気のフェーズや生活の状況などで変化する変数と考えると無限の組み合わせとなりそうです。ミルクシェイク買うのとは、レベルが違いそうです。

医療はなるべく「曖昧さ」を排除する事を良しとしてきました(もちろんこれは前述したように間違いではありません)。

パターンに対して答えを用意しようとするこれまでの医療の在り方、それにそった製品とサービスはSDMの実現と矛盾しています。

さらにその実現をより難しくしている可能性もあるのではないかとも考えられます。

現在必要とされているSDMは「曖昧さ」を取り入れることにあると思います。

これがヘルスケアイノベーションのカギになると考えています。

理事 國井 誠

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