インプロに出会ってから7年ほど経ちます。いまも、週に1回、2時間半のワークショップに通っています。ワークショップ10回で一区切りで、10回目が発表会。実は先週の土曜日がその発表会でした。

最近はこの状況なので、リアルに集まってインプロすることがなかなか叶いません。いえ、スタジオでは「来てもいいよ」とアクリルシートを貼って、消毒してくださって、と、万全の準備をしていただいていますが、ここ半年ほどはZoomでワークショップに参加しています。発表会ももちろん、Zoomで参加しました。

なかなかに楽しい発表会でしたが、なぜか、ふと、インプロを始めた頃のことを思い出しました。

インプロに興味があって、やってみたいと思って通い出した頃。たしかいちばん最初の回だったかと思います。メンバー(7〜8人だったかと)が円になって座り、ひとりずつ円の真ん中まで歩いていって、ポーズをとり、周りのみんなは大きな拍手をしたり声援を送る、というゲームがありました。

「はい、じゃあ、○○さんからね」という声とともに、ひとりずつ、円の真ん中まで歩いていって、ポーズをとる。そして大拍手と大歓声!

みんなふつうに、というかむしろすごく楽しそうに、喜々としてやってるわけです。

でも、私はこのゲームがすごく嫌で嫌で、心のなかで「えーっ! そんな恥ずかしいことできないっ! やりたくないっ!」とずっと思いながら、拍手と声援を送っていました。

真ん中まで歩くときもポーズをとったときも、何も喋らなくていいんです。ポーズも、とくに変わったポーズを取る必要もなく、なんだっていいんです。

なのに! 自分の番が来るのがすごく嫌で、ここで何かアクシデントが起こって、ゲームが終わらないかなと思っていました。

都合よくそんなことは起こらず、自分の番が回ってきて、下を向いたまますすっと歩いて(たしか)両手を上げるくらいのなんでもないポーズをとって、拍手喝采を浴びて戻る、という動作をした(はず)。

そして、何事もなかったかのように、そのゲームは終了しました。

これが今でも忘れられないエピソードになったのは、なんだろうと、ふと思ったのです。

もちろん、今は、なんともないです。ふつうに(それこそ喜々として)できるし、なんっとも思わない。

これは、なんだかすごいことなんじゃないか、と、思ったのです。

何があんなに嫌だったのか。心の声をもう少し具体的にすると「なんでこんなことやらなきゃいけないのかわからない。何もしてないのに、拍手喝采浴びる意味がない。ポーズをとるなんて、恥ずかしすぎる……」

なんて、素直じゃないんでしょう。意味があるかどうか、私が決めることじゃないのに。

なんて、自意識過剰なんでしょう。みんなが全員同じことをやるのに、自分だけが何か特別に注目されてるとでも思っているのでしょうか。

しかし……、もしかしたら、こういう「余計な気持ち」が自分を生きづらくさせていたんじゃないかと思うのです。

エゴの塊だった、と思うのです。

Yes, And は、自分の中に変なこだわりや思い込みや卑屈な心があったりすると、なかなかうまくできません。できるだけ自分をフラットにしておくことが大事だなぁと感じます。

この後も、大きなものから些細なものまで種々つまずきがありました。7年かけて、少しずつ少しずつ、いろんなことを体得してきたんだな、と実感した発表会だったのでした。

(片岡峰子)

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